第15章 肢の進化と外適応
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綱渡りができるためには
落ちたら間違いなく死んでしまう綱
渡れたのは最初から綱渡りがうまかった人
枝を飛び回るときに必要なバランス感覚と綱渡りをするときに必要なバランス感覚は非常に近いものだった
実際に、サルの仲間には最初から綱渡りができるものがいる 進化においてはしばしばこれににたことが起きる
自然選択によってある機能のために発達した構造が、新しい機能をもつことがある 肢は歩くために進化したのか
脊椎動物の祖先が陸上に進出したのは、デボン紀後期(約3億8300万年~3億5900万年) しかしシーラカンスでは、体からまず肉質の腕のようなものが伸びて、その先端に鰭がついている
シーラカンスには短いけれど肢が4本生えているように見える
四肢動物が現れれたデボン紀後期の地層には、赤みを帯びた砂岩からなる「赤色層」が多く、アメリカ、ヨーロッパ、中国、オーストラリアなどで発見されている 20世紀前半の時点では、この赤色層は乾燥した環境で形成されたと考えられていた
赤い色は鉄分が空気にさらされて錆びた色だという
この考えをもとにアメリカの古生物学者アルフレッド・ローマー(1894~1973)は、以下のような仮説を提唱した 脚は陸上を歩いて、水の中に戻るために進化した
私達の祖先は川か湖に住んでいて、そこは乾季になると、毎年水が上がるような場所だった
水が干上がれば、ほとんどの魚は死んでしまう
しかし、鰭が肢になりかけていた肉歯類ならば、もはや泳げないほど浅くなった水路を移動して、まだ水がたくさんある池に飛び込むことができる
しかし、このローマーの説は現在では人気がない
その後、赤色層が形成されるのは、乾燥した環境だけではないことがわかってきた
緑に覆われた熱帯の川でも、堆積するときに酸化されれば、鉄は赤く錆びる
たとえば現在では、水が豊富なアマゾン川流域で、赤色層が堆積している
また、実際に四肢動物が出現した時代は、最古の化石が産出した時代より古く、赤色層が堆積する前の可能性が高い
知られている限り最古の四肢動物の化石はデボン紀後期のものだが、実際に四肢動物が現れたのはもう少し前の可能性がある
最初に四肢動物が進化したときは、個体数も少なく、限られた地域にしか住んでいなかっただろう
生物が化石として残るのは非常にまれな出来事なので、その頃の化石は残っていない可能性が高い
したがって、発見された四肢動物の化石は、四肢動物の個体数が増えて、広い範囲に生息するようになった後のものだろう
現在ではローマーの説はほぼ否定されており、私達の祖先が上陸したのは、むしろ植物がたくさん生えた、湿った環境だったと考えられている
以上のような反論とは別に、ローマーの説には大きな問題がる
昔の肢も今の肢も、同じ使われ方をしていたに違いないという思い込み
外適応という可能性を考えていない
デボン紀の肢
ヒトの前肢には、肩から肘までは1本の上腕骨、肘から手首までは2本の骨(橈骨と尺骨)が入っている 肘から先に2本の骨があるので、掌を簡単に上に向けたり下に向けたりできる
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橈骨と尺骨の先は、手首の骨で、8個
前肢の骨のパターンは簡単にまとめると「1本-2本-手首-指」
それだけでなく、すべての四肢動物で共通
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肩から頑丈な1本の骨が伸び、その先に2本の骨がついていた
エウステノプテロンの古い復元図には、胸鰭で体を持ち上げて、水中から陸上に出てくる姿を描いたものもあった
しかしエウステノプテロンの体は、多くの魚と同じ流線型で、完全に水中生活に適応している
鰭にしても、陸上で体を支えられるほど強くない
エウステノプテロンが陸上に上がることはなかったと、現在では考えられている
それから1000万年ほど後の約3億7500万年の地層からは、ティクターリクの化石が見つかった https://gyazo.com/7df3c5144d969258e9d1940106042c4d
ティクターリクの鰭には「1本-2本-手首」というパターンの骨があった
すでに手首があった
ティクターリクの眼はワニやカエルのように、頭の上のほうについていた 泳ぎながら、水面から眼だけを出すことができただろう
水深が浅いところでは、水底に鰭をつき、腕立て伏せをするように頭を持ち上げて、水面の上をうかがったかもしれない
四肢動物は水中に住んでいた
さらに1000万年ほど後の約3億6500万年前の地層からはアカントステガの化石が発見されている https://gyazo.com/278fa470836f68e4348f7b191d6a8dba
アカントステガの肢には「1本-2本-手首-指」というパターンの四肢動物と同じパターンがあった
アカントステガは四肢動物である
ちなみにアカントステガの指は8本だった
どうやらアカントステガは水の外に出ることはなかったようだ
アカントステガの「2本」のところ、橈骨と尺骨が私達と違う
私達の橈骨と尺骨は長さが同じなので、陸上で体重を支えて歩くことが得きる
アカントステガの橈骨は尺骨よりも長い
これは肉鰭類と同じ特徴で、これでは陸上で体重を支えることができない
水中生活をしていた証拠
アカントステガの肢については別の研究もある
グリーンランドでアカントステガの化石が多数まとまって発見された
それらのアカントステガは、干ばつなどで同時に死んだと考えられた
その中のいくつかの個体について、上腕骨の構造を調べて成長速度を見積もったところ、すべての個体がまだ子どもだとわかった
ヒトは子どもの早い時期(胎児段階)で骨化が起きてしまう
ところがアカントステガでは骨化が始まるタイミングが非常に遅く、ほぼ生体と同じ大きさになるまで軟骨のまま
こんな弱い肢では、陸上で体重を支えることはできないだろう
アカントステガは立派な尾鰭を持っていた
尾鰭は上だけでなく下にも広がっていた
陸上を歩けばたちまちずたずたに切れてしまうが、化石には、傷ついていない状態の尾鰭が残っている
肢を進化させて陸地に上がった後、再び水中に戻ったグループという可能性は低い
進化において、1度失われたものが再び同じ形に進化することはほとんどない
たとえば、水中から陸上に進出した最初の四肢動物は両生類だが、その中にはアホロートルのように水中生活に戻った種もいる それらの尾は肉質で縦に薄くなり、ひらひらした形をしている
これを使って泳ぐが、魚の尾鰭(たいてい細い骨の間に膜が張っている)とは構造が違う
つまり、水中に戻った両生類は、魚だった時代とは違う構造の尾を進化させた
陸地に上がるときに1度失った魚のような尾鰭を再び進化させたものはいない
アカントステガの尾鰭は魚のような尾鰭なので、水中にいたまま肢を進化させた四肢動物だと考えられる
肢は水中でも役に立つ
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コイやマグロなど多くの魚と同じく条鰭類というグループに属して、肉鰭類とは違う系統 カエルアンコウの鰭は扇のような形をしており、その扇を海底につけて歩くことができる
あまりにも四肢動物の歩く姿ににているが、カエルアンコウを水から出せば、自らの重みでつぶれてしまい、歩くことなどできない
カエルアンコウの肢は明らかに水中生活を送るために進化したもの
肢というものは水の中でも色々と使いみちがある
水中を泳ぐより、海底をゆっくり歩くほうが、水を揺らさないので他の動物に気づかれにくいし、使うエネルギーも少なくて済む
岩にしがみついて隠れることもできる
さらにカエルアンコウは海草をかき分けながら進むこともできる
一生を水中で過ごすにもかかわらず肢を持っている動物はたくさんいる
冒頭で述べた枝を飛び回るバランス感覚と綱渡りのバランス感覚は、似ているkど全く同じではない
枝で練習していても綱を渡れるぐらいにはなる
綱渡りの名人になるためにはやはり綱で練習しなければだめ
肢における外適応もそうだ
水中で進化した肢を使っても陸上を歩くことはできる
チーターのように速く走ったり、カモシカのように断崖を駆け下りたりできる肢は、やはり陸上で自然選択を受けなければ、進化しないだろう